質量分析計

概要

 質量分析はイオン源、質量分析部、検出部から構成されている質量分析装置を用い、 化合物をイオン源でイオン化し、質量スペクトル(質量/電荷数,m/zと得られたイオン電流の図)から化合物を分析する方法である。特に環境中の有機物を分析する観点からガスクロマトグラフや液体クロマトグラフと組み合わせた例やICP発光分析装置と組合わせ無機化合物を分析する例を中心にしていく。質量分析計は他の分析計と異なり、真空系でイオンを測定する。ガスクロマトグラフや液体クロマトグラフに組み合わせた場合には定圧から真空へのインターフェース部に工夫が必要となる。

イオンソース マスアナライザー

イオン化法

試料導入部に導入された分子はM0 + e- → M+ + 2e- の過程を経てイオン化される。イオン化にはいくつかの方法があるが電子衝撃(electron inpact,EI)が普及している。

真空下でのイオン化
1.電子衝撃(EI)  50-100eV(通常70eV)の加速電子を用いて分子を衝撃する。イオン化室の気体分子は電子と衝突し、1価のプラスイオンとなる。そのイオンの一部はさらに分解してフラグメントイオンを生じる。

2.化学イオン化法(Chemical Ionization,CI)  電子衝撃で生成した試薬ガスの一次イオンがイオン分子反応で2次イオンを生じ、これが気相の試料分子と反応。
 特にEIとCIはガスクロマトグラフとの直接結合が可能でありGC/MSのイオン化の手法として用いられているが、分子量の大きい物質の分析には適していない。

3.高速原子衝撃(Fast Atom Bombardment,FAB)
高速原子衝撃法は分析対象とする物質をグリセリンのように粘性の大きなものに溶解させ、これにエネルギーの大きい一次粒子を照射してイオン化する方法である。

4.プラズマ(ICP)
 誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)は発光分析における原子の励起化に用いられるが、無機物質の質量分析におけるイオン化手法として誘導結合プラズマ法が用いられるようになってきている。

5.レーザー脱離(Laser Desorption,LD)
ビーム径を絞ったパルスレーザーを用いて試料をイオン化する方法である。レーザーとしてN2、Nd-YAG、CWCO、TEA-CO2、アルゴンが用いられる。マトリックスアシステッドレーザーデソ−プションイオン化(Matrix-assisted laser desorption ionization,MALDI)は分子量105領域のタンパク質等の高分子量の物質をイオン化することができる。試料とマトリックス成分(例えば有機酸)を混合し、乾固し、パルスレーザーを照射する。多量のマトリックス成分にレーザー光からのエネルギーが与えられ、試料由来イオンとマトリックス由来イオンが脱離する。通常飛行時間型質量分析装置(TOF)と組み合わせて使用する。原理(島津HPより) 島津のMALDI-TOF(島津HPより)

6.サ−モスプレー(Thermospray)
1〜10torrの条件下でLCから出た液滴を加熱させ、電解質イオンの激しい攪乱による過剰な電荷の分布による液滴を生じさせることでイオン化させる。1 torr=(101325/760) Pa =133.322 Pa = 1.33322 hPa

大気圧下でのイオン化
7.エレクトロスプレーイオン化(Electrospray Ionization,ESI)
 大気圧下でLCからの液体流を高電圧をかけたキャピラリーから放出させイオン化させる。極性物質の分析に適していて高分子の分析にもよい。

8.大気圧化学イオン化(Atmospheric pressure chemical ionization,APCI) 
LCから出てくる溶液がヒータとい窒素ガスにより気化される。この気化した溶媒をコロナ放電によりイオン化し、ついでイオン化した溶媒が測定成分をイオン化する方法である。化学イオン化(CI)法の1つである。移動相溶液中で電離しにくい低−中極性成分がこの方法でイオン化されやすい。  ESIやAPCIは液体クロマトグラフ質量分析装置で用いられている。

質量分析部

単収束磁場偏向型質量分析計

単収束磁場偏向型質量分析計の原理
質量m、電荷zのイオンが電場で加速され、v(cm/s)となる。加速電圧 Vでイオンの運動エネルギーは1/2mv2=zV

イオンは運動方向に垂直方向の磁場H(esu)に入り、イオンは半径rの円弧を 描く。イオンの遠心力mv2/rと磁力Hzvが釣り合うことで

mv2/r=Hzv
m/z=r2H2/(2V)となる。

Hを一定にしてVを変える、もしくはVを一定しにしてHを変えることでrを一定にできる。
イオン源から出てくるイオンの運動エネルギーはある広がりを持っていて、厳密に一定ではない。そのため近い質量を持ったイオンは分離ができなくなる問題が生じます。 【ローレンツ力】
質量分析装置の中で荷電粒子が磁場を横切るように運動すると、力を受けて軌道が変わります。この現象はオランダの物理学者のローレンツ(1853-1928)により研究されました。彼の業績により電場・磁場中で荷電粒子にかかる力のことをローレンツ力といいます。
ローレンツ力 (Lorentz force) は電磁場中(ここでは静電場、静磁場を考える)で運動する荷電粒子が受ける力でと表現されます。 ローレンツ力F は荷電粒子が受ける力、E は電場、B は磁束密度(つまり磁場)です。q は荷電粒子の持つ電荷。v は荷電粒子の速度となります。(× はベクトルの外積)

フレミングの左手の法則
電線が磁石から受ける力の向きを理解するのに用いられている法則です。左手の親指・人差指・中指を互いに直角にした時、それぞれの指が力・磁界・電流の向きを指し示すという法則です。磁力の向きとはN極からS極への向きをいいます。フレミング(1849-1945)はイギリスの電気工学者で、この法則はローレンツ力を理解するのに有効な教育方法のひとつです。

四重極型質量分析計(QP)

QPの原理
図に示すように相対する電極を対とする四本の電極に正負の直流電圧Uと交流電圧Vを重畳させU/Vを一定にしてU(V)を変化させると条件にかなったm/zのイオンだけが通過することを利用して質量分析を行っている。
一般の環境測定でよく用いられている質量分析計である。
重い磁石を必要とせず、小型軽量で真空度も10-4 torr程度でよいが、 分解能が低いのが難点である。

イオントラップ型質量分析計(ITMS)

ITMSの原理
図で示すような双曲面の3つの電極(リング電極)と2つのエンドキャップ電極で四重極と同様の電場をつくる。ionを放物線状の空間に閉じこめることができる。イオン化された試料はこの空間にトラップされ、rfの電圧を上げることでm/zの小さいものから順に取り出していく。
イオントラッップ検出器

特徴として
イオンの濃縮により高感度微量分析が可能となる。
妨害成分を空間内から追い出すことで高いS/N比が得られる。イオントラップタイプの質量分析器ではフルスキャンで四重極質量分析器のSIMと同等の感度が得られる。
試薬イオンを系内にとどめてCIを高効率で行える。
親イオンをトラップし、そこに衝突解離を起こさせて生じる娘イオンを測定するMS-MSも可能。

ダイオキシンを除く環境ホルモン類はガスクロマトグラフと四重極型質量分析計やイオントラップ型質量分析計を組み合わせて測定される。

GC-MS等の分析機器の測定前の分離,濃縮等の前処理が必須である。また ビスフェノールAやフタル酸エステル等の分析では容器,試薬,水,大気等からの 汚染に十分注意しないとブランクが大きくなって正確な定量は不可能となる。

飛行時間型アナライザー(time of flight analyser,TOF)

電圧Vで加速されたイオンの速度vはm/z比によって異なる。イオンの速度をv、電荷をq、加速電圧をV、質量をmとするとv2=2qV/mとなり、軽いイオンほど速くなら。飛行距離をLとすると飛行時間TはT=L/vとなり、質量の1/2乗に比例する。例えば加速電圧3000V、飛行距離1m、一価のイオンで質量100uの場合は13.1μs、質量数10000uでは131μsである。飛行時間型ではイオンの速度、すなわち一定の距離Lをイオンが通過する時間からイオンの質量を測定する。高分子の測定にも適しており、イオンリフレクターの採用で分解能が著しく向上している。原理的には質量の上限はなく、分析時間も短いのが特徴となっている。

イオンサイクロトロン型質量分析計(フーリエ変換型質量分析計,Fourier transform mass spectrometer,FTMS)

イオンサイクロトロン共鳴現象を利用したもので、超高分解能の質量分析計で高質量イオンが高分解能で測定できる。イオンの電荷q、質量m、磁束密度B、周波数をf、角速度をωとするとω=2&pai;f=qB/mとなる。このfをサイクロトロン共鳴周波数という。このfからmを知ることができる。最初に電極内に取り込まれたイオンは初期速度に応じて円運動をしている。次いで励起電極にサイクロトロン共鳴周波数の高周波電圧をかけ、励起を行う。このときにイオンの回転半径が大きくなり、位相もそろってくる。検出電極に回転しているイオンによる誘導電流が発生し、その電流を検出に用いる。励起電極にかける電圧波形を工夫し、様々な質量を持つイオンを励起することが可能で、検出された誘導電流は異なるサイクロトロン共鳴周波数が合成されたものとなる。この誘導電流をフーリエ変換することで周波数スペクトルを得る(質量スペクトルに変換可能)。単独でMS/MSが可能であるが高真空度を必要とし、強い磁場(超伝導)の維持のため液体窒素や液体ヘリウムを必要とする。
フーリエ級数とはあらゆる複雑な波を単純な波に分解して数式で表し、それを足し合わせることで複雑な波を数式で表すものであり、複雑な波は単純な波の足し合わせとして表現できる。逆に言うと同じ形を繰り返している周期を持った波は、どんなに複雑なものも、単純な波の重ね合わせに分解できる。 →フーリエ変換

ここでTは周期(s)、ωは角速度、周波数fは1/T、ω=2π/Tとすると
実際には一つの周期を取り出すことは難しいので、与えられた波全部を1周期と考えるフーリエ変換を考える。またfftでは、フーリエ展開によって出てきたanとbnの同じ周波数ごとにまとめてdを計算する。。これが各周波数スペクトルの強度(振幅)に対応することになる。

二重収束型質量分析計

二重収束型質量分析計の原理
単収束型の場合、イオンの運動エネルギーの広がりのため分解能に限界を生じる。そこでこのエネルギー収差を扇形電場で打ち消すことができるようにして扇形磁場と扇形電場を組み合わせた二重収束型の質量分析計を用いることがある。この 単収束型を二つ組み合わせた方式で高分解能(小数点以下4桁)が特徴である。
ダイオキシン類 ダイオキシンの分析には多くの異性体を定量する必要性からこの二重収束型質量分析計を必要とする。

質量分析装置の利用法

質量スペクトルの解析

EIにより分子が電子衝撃を受け、電子1個を失ってできるイオンピークには分子イオン(親ピーク)と原子間の結合が切れることでできるフラグメントピークがある。 70eVのEIではいくつかの分子に関してこの分子イオンピークとフラグメントピークのマススペクトルデータが良く知られていて化合物を推定することが可能となる。

また化合物分子がもつ原子の同位体より異なった質量数スペクトルm/zが得られることがある。例えば塩素や臭素を含む化合物ではM+2のピークが出てくる。これを同位体ピークと呼んでいる。例えばクロロホルムでは35Cl:37=3:1より m/z=50とm/z=52はほぼ3:1となる。

解析手順

(1)分子イオンピークを見つける。M+ピークの他、LC/MSでは擬分子ピークとして水素イオンの付加したMH+、水素がイオンが脱離したMH-、ナトリウムイオンの付加したMNa+、アンモニウムイオンの付加したMNH4+、溶媒Sが付加したMSH+、溶媒が付加し水素イオンが脱離したMS-、ハロゲンが付加したMX-等に注意する。また2MH+等のや多価イオンも考慮する必要がある。高分解能MSでは詳しい質量数からCHONの組み合わせが決定できる。

(2)同位体イオンピーク強度やパターンに注目し、元素組成を推定する。
主な同位体を表に示す。

同位体 割合 質量 同位体 割合 質量
1H 99.985% 1.00782504 30Si 3.10% 29.973772
2H 0.0148% 2.01410179 32S 95.02% 31.9720718
12C 98.89% 12 33S 0.75% 32.971459
13C 1.11% 13.0033548 34S 4.21% 33.9678677
14N 99.63% 14.0030740 35Cl 75.77% 34.9688527
15N 0.366% 15.0001090 37Cl 24.23% 36.9659026
16O 99.76% 15.9949146 39K 93.26% 38.963708
17O 0.038% 16.999131 41K 6.73% 40.961825
18O 0.204% 17.9991594 79Br 50.69% 78.918336
28Si 92.23% 27.976928 81Br 49.31% 80.91629
29Si 4.67% 28.976496

例えば4-ノニルフェノール(C15H24O)分子量220の分子ピークは質量数220に認められるが、13Cが1.1%存在するので分子量221の位置に220のピークに対して約15x1.11%=16.65%の高さのピークが認められる。これらの情報から炭素の量をある程度推定できる。 (3)フラグメントイオンピークから開裂前の構造を推定する。

質量分析計を検出器とした分析法

ガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)

 優れた分離分析装置であるガスクロマトグラフと優れた定性分析装置である質量分析計を組み合わせることで注目されているのがガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)である。試料は気化する物質または高温で気化するものに限られるが、安定に分析を行うために目的物質と化学結合を行わせ、安定な物質に変える誘導体化法を用いることが多い。

定量分析

 質量分析には内標準物質を用いた内標準法を用いるのが普通である。内標準物質には同位体標識した試料の類似化合物を用いることが多い。

選択イオン検出(Selective Ion monitor,SIM)を用いた方法

通常のEIによるイオン化で全イオン強度を測定した場合、フラグメントの分子量と他の成分等のフラグメントが重なりあって分離定量が困難になる場合が多い。この場合、選択イオン検出(Selective Ion monitor,SIM)を用い、特定の分子量のフラグメントのみを検出することで他のイオンの影響を排除することができる。

化学イオン化法(Chemical Ionization,CI)

メタン(あるいはイソブタン)がイオン源内でイオン化され、このイオンが試料ガスと 衝突することでイオン化が行われる。この方法では試料分子がソフトにイオン化(5eV未満のエネルギー)されることで分子量の情報が得られる。たとえばプロトン移動反応でのプロトン化分子(M+H)+がある。

液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)

 ガスクロマトグラフィーではガス化する物質のみが測定対象物質となる。気化しにくい物質や高温で分解する物質の分析にはLC/MSが有効な分析手段となる。イオン化法としてAPCI,ESI,FAB法等が用いられる。LC/MSで使われるソフトなイオン化では擬分子イオンが生成する。この擬分子イオンから分子量の情報が得られる。

誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)

 試料を高温プラズマ中に導き、プラズマのエネルギーによりイオン化した後、質量分析装置で定性、定量分析や同位対比の測定を行う。無機元素の測定に用いられる。
特徴として
  1. 非常に高感度でほとんどの元素の検出限界がpptレベル。
  2. スペクトルが単純でピークの同定が容易。
  3. 検量線のダイナミックレンジが広い。
  4. LiからUまでの半定量が短時間で可能。
  5. 同位対比が測定でき、同位体希釈法が利用できる。

質量分析装置による安定同位体比の測定

タンデム質量分析法

基本的なタンデム質量分析計は以下のような構成を持っている。


三連四重極質量分析

三連四重極質量分析(Triple-quadrupole instruments, TQ)は第1の通常の四重極アナライザーQ1と第2の交流成分(r.f)のみをかける四重極衝突室Q2第3の通常の四重極アナライザーQ3から成り立っている。
1. イオン源に試料が導入される。
2. 真空系へのインターフェースを経てQ1アナライザーに測定イオンが導入される。
3. Q1で前駆イオン(Precursor ion)を選択する。
4. Q2に導かれた前駆イオン(Precursor ion)は中性分子との衝突{Collision Activated Dissociation(CAD),Collicion Induced Dissociation(CID)}によりフラグメントイオン(Fragment ion or Product ion)となる。
5. 第三番目の四重極Q3で目的のフラグメントイオンを測定する。
タンデムマス(MS/MS)分析は特定のイオンを選択して測定するSIMにさらに質量分析器を連結し、分離された特定イオンを衝突させてフラグメント化やイオンの脱離を行い、引き続きSIMを行うことによってバックグラウンドの少ない定量を行う方法である。

イオントラップ(ITMS)質量分析計

イオントラップ(ITMS)によるMS/MS分析では補足(トラップ)されているイオン群を時間的に分離された操作の下で測定を行っている。他のMS/MS装置が空間的に分離された装置によって分離されているのと大きく異なっている。

ITMSで特定の前駆イオンからフラグメントイオンを測定するMS/MSでは
1.まずイオンをイオントラップ内に導入する
2.続いて特定の前駆イオン以外のイオンをトラップから除く。
3.続いて前駆イオンの励起のため適当な交流電圧をトラップのエンドキャップに追加供給(ティックル電圧)する。
4.ティックル電圧で励起された前駆イオンは運動エネルギーの増大により中性の気体分子と衝突する。
5.最後に交流(r.f)電圧操作を行い、生成したフラグメントイオンを順次、その質量に従ってトラップから放出する。
参考:有機質量分析法 J.R. CHAPMAN著、MARUZEN & WILEY

四重極アナライザー及びイオントラップアナライザーの原理とタンデム質量分析 学内のみアクセス可